哲学
「私とは何か」「正義とは何か」など、物事の根幹について考える学問。
学んだからと言って、「哲学の得意な人材は年収アップ」などといった (短期的な) 実益はほとんどない。
面白いと感じる人には人生のほぼ全てだったりするが、関心のない人にとっては心の底からどうでもいい無益な思索でしかない。
例文
哲学に関心のある人「『わたくしという現象』という表現があります。人間には身体があり、『私』という確固たる存在があるように思ってしまいがちです。しかし実際には、人間は運動器官によって移動や食事などの活動を行い、感覚器官によってそれらに伴う外部情報を電気信号として受け取るという、一つのシステムに過ぎません。例えば、人間を構成する感覚器官を一つ一つの器官、細胞、素粒子と、細かく分解していった時に、『私』という確固たる存在はどこかに残るでしょうか。いいえ、残りません。このことから、私たちは人間を構成するいくつもの要素が一定の距離において、ある決まった結びつきをした時に発生する、一つの現象と言えることが分かります。なお、宮沢賢治は詩集『春と修羅』の序文において、この表現の続きとして『わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電燈の ひとつの青い照明です』という...」
哲学に関心のない人「あ、すみません。次の予定があるのでそろそろ失礼しますね」